作品詳細

ソノヒトカヘラズ

ソノヒトカヘラズ

南椌椌

帰らなかった その人が 帰るという

こみあげてくる時の流れを言葉で拭いながら
馴染の調べと共にテラコッタは生れていく



アンモナイトの見た夢


そしてまた 千日が過ぎて
アンモナイトの見た夢
どこかで誰かがつぶやいた
大仰だな 数億年の古層に
降りそそいだ夢のことなんて
土と火と灰の渦まくダンス!
炎上の釜はもうひとつの燃える天体
帰ってこなかったソノヒトの
一挙手一頭足がくりかえし
オーロラダンスを踊っている
思い出さないわけにはいかない
アンモナイトの反時計回りの螺旋



鼻の形が美しい反ダダの詩人と
鼻のつぶれた老ボクサーが
地中海の夏のジュラの幻影のなか
浮遊する玉虫色の
巨大巻貝に嚥みこまれ
永遠をありがとう 黄昏をありがとう
殴り合い 絡み合い 睦み合い
そして いつか来る さようなら
白い絹の言葉を吐き続けていた



日帰り小舟が停まるデロス島の船着場
粗末な小屋に泊めてもらった翌朝
黒光りする石窯で パンを焼く
草臥れた影絵のような老夫婦
哀歌だったのか 笑話だったのか
歌うように 絶えず呟いている
八月の太陽は容赦ないが
五頭の獅子たちは身じろぎもしない

アポロンが生まれたというこの島で
ピレウスから帰還した次男は
腰巻きひとつ半裸の含蓄の男
挨拶は 目くばせひとつだった
コツコツと岩を削り
太陽が傾いて沈むまで
残酷に素朴なアポロン像を
ささやかな ドラクマに替える

詩集
2024/11/05発行
173x210mm 仮フランス装 帯付

装本:井原靖章、井原由美子/テラコッタ制作:南椌椌/テラコッタ写真:添田康平、南椌椌

2,970円(税込)