作品詳細

お月さまとしろいしか
在庫無し

お月さまとしろいしか

土肥恵子

少し大人の童話集。少し大人は年齢不問。

2014年第31回アンデルセンのメルヘン大賞を受賞。
初めての童話集である。
登場人物は人間ではスーパーの叔母さん、中学生のおでこちゃん、中年夫婦におとめばあさん。大縄跳びが苦手な転校生かすみちゃん。
動物は鹿、リス、金魚に猫。ナマズにカンガルー、狸にウサギ等々たくさん登場。
さぁ、どんなお話が始まるのかな。



おふくろの味


恵美子は四十代半ばのパート主婦だ。近くのスーパーに勤めて二年位経つ。
ある日の夕食時、一人娘の沙也加が、
「このチキンのトマトソース煮は、わが家のおふくろの味だよね。」
と、満足そうに言った。沙也加はチキンのトマトソース煮が、大好物であった。
 恵美子は
「ふうん、そう? 気に入ってくれているのね。じゃ、また作るね。」
と、笑顔で答えた。
翌朝、いつもの様に職場に向かった。
恵美子の働いている店は、小さなスーパーなので、品出しからレジまでいろいろな作業をそれぞれがこなさなければならない。
この日、恵美子がレジに入っていると、前日にもやしを買ったという客が訪れ、普通、袋詰めの際に除かれるはずの、もやしの根の部分が入っていたと、返金をもとめた。
恵美子は、普段通りに返金処理をして対応したのだが、お客さんはかなり怒っていて、責任者を出しなさい、と言う。
仕方なく、店長代理も務める木村さんを呼んできて対応してもらった。なんとか、その場は収まった。仕事が終わった恵美子は、木村さんと休憩室で一緒になった。
「今日はすみませんでした。」
「いえいえ、収まってよかったです。」
「ところで、木村さん、今年は韓国には帰らないんですか?」
木村さんは韓国人で、日本の男性と結婚して暮らしている。この店に勤めて九年目だという。
「今年は帰らないんですよ。お父さんもお母さんも年だから心配なんですけどね。毎年は難しくって。」
「そうですか。」
と、言って恵美子は休憩に入る木村さんを残して仕事場をあとにした。
恵美子には、木村さんに気になるところがあった。木村さんはいい人なのだが、あまりにも仕事熱心で、職場の人たちとぶつかることが度々あった。そういう時によく言うのが、
「わたしにも心があるんですよ。」
と、いう台詞だ。心は誰にでもあるはずなのだが…。この言葉を聞くたびに恵美子は不思議な気持ちになるのだった。それは木村さんのこれまでの人生の道のりの険しさから出る言葉なのだろうか。
恵美子は家に着くと、パソコンを開き、クッキング・レシピを検索した。おこがましいのだが、木村さんに自分で作った韓国のおふくろの味、を食べてもらいたいと思ったのだ。
ちょうどひと月位前、韓国料理の軒先が並ぶ街へ友人と行ってきて、韓国の食材を売っている店でトッポギや、コチュジャンを買って来ていた。それでトッポギの料理を、作りたいと思った。クッキング・レシピを見ると、他の材料はだいたい近所で揃うようだ。
トッポギを袋から出し、水で濡らしてバラバラにし、たまねぎや薩摩揚げをスライスする。
フライパンにコチュジャン、醤油、砂糖、にんにく、鶏がらスープを入れよくかき混ぜ、はじめの具材をもどし火にかける。そして、十分から十五分煮込んだら出来上がりだ。念のため、沙也加にも味見してもらった。
翌朝、恵美子は職場にタッパーに入れたトッポギを持って行き、木村さんに
「あのう、私が作ってみたんですけど、お口に合うかどうかわかりませんが、食べていただけませんか?」
と、そっと差し出した。
「まあ、恵美子さんがですか? ありがとうございまーす。」
と、木村さんは驚きながらも、トッポギを一口食べた。
木村さんは、
「おいしいです。」
と言って、目を細めると笑顔になった。
「恵美子さんに韓国の料理、ごちそうになるとは思いませんでした。わたし、いつか韓国の料理とことばを教える教室、開きたいんです」
「素敵な夢ですね」
「恵美子さんのゆめは?」
「私は、もっとお店になれることかな」
二人は顔を見合ってふふっと笑った。

童話集
2020/11/08発行
A5判 並製