作品詳細

人素の森

人素の森

本村俊弘

『人素の森』の出来事は誰もが体験している日常。それは後世お伽噺となっているかもしれない。

少年が森を駆け抜ける時、森では疫病が流行り死体が横たわっている。
「太陽が驚いて一日が終わる」時、私たちもその一日を終える。
『人素の森』の日常は私たちが過ごしている日常と思えるのはあなただけかもしれない。


紹介作品

前略

木霊が静寂を呼び込む
深い井戸から記憶を手繰り寄せ
捏ねた麺麭生地の中に練り込み
熱の力で記憶をゆっくりと膨らませる
手繰り寄せた手で麺麭を千切る
空洞を通って亡くなった人々に会いに行く
砂丘に難破船が打ち上げられ
柩作りが間に合わない
柩の中に音楽を収めるために
音楽隊は砂ぼこりのする悪路を進む
時は夕刻を迎える
生きるものの空腹を満たす物は少ない
どうして感情を持つようになったのか
石ころが転がっている道を
血まみれの喪失感が歩く
戦争が始まったと叫ぶ人の声が聞こえた
戦争を乗り越え、生き延びるために
疑うよりも信じることを心に課す
季節が変わり、蛙が鳴き始め
草叢の中で朝露が光り始める
微風が朝の挨拶をして川の方へ向かう
寝付かれない夜に寝床から熾火を覗く
冷えが盗人のように忍び足でやってくる
工場の旋盤から潤滑油が垂れる
空き地に無口な霧が横たわり
野宿した足跡が学校の裏山に消えた

後略

詩集
2020/08/28発行
A5判変形 並製

1,100円(税込)