作品詳細

ふっとこわばる

インカレポエトリ叢書 27

ふっとこわばる

神田智衣

抜いてしまった祖母と抜けなかった祖母におびえながら

二階

赤い服を着ている人がいる
赤い服の裾を引きずって歩いていく後を私はついていく
階段をのぼった先には待合所があってむこうに飛行機が見える
私はその人のとなりに並ぶ
その人が見ている方をみようとして寒さと強風の話をする
それにはす向かいの人が答える
待合所ではありとあらゆる二足歩行の人と数多くのそうではない人が
奥へ奥へとにじりよる
入口近くに立つ人は血管が浮き出して肌が薄緑に染まっている
戸の開いた籠を持っている人は
飛んでいった鳥が帰ってくるのを待っている
空のベビーカーにもたれている人がいるのは
中の子どもがとっくに出ていったからだ
私は隣に立つ人に向かってひっきりなしに話し続ける
私の言葉と声を美しいとほめるのは
いつもはす向かいに立つ人たちで
あの人たちは私に感心があるわけではなくて
私が聞き返したいことは一つもない
(請求書が踏みつけられている)

赤い服を着た人は少しも動かずに立っている
いつになっても私には目の色がわからない
きっとレンズでおおわれているからなのに
覗いても覗いてもわからないのは
まつ毛のせい、で
まぶたのせい、だ
すべて引き抜いてしまいたいと私が言うのも聞かずに
その人はずっと遠くを見ている
私がその人の服をはぎ取っても
首に手をかけてそのまま引き上げても
こめかみを強く突いてさえも
その人がこちらを見ることはない

待合室の中で次々やって来る人たちが
待っているのは遅延か欠航の知らせで
私達は少しずつ縮んで待合室は近いうちに底が抜ける
それまで私は下を向いて
その人の赤い服が擦り切れていくのを見ている





インカレポエトリ


詩集
2024/08/20発行
四六判 並製 小口折り

表紙写真:浅井佑友

990円(税込)