作品詳細

愛の末路

愛の末路

原章二

亡き妻と共に生活し続ける男の日々

『喪服』(2017年8月)から9作目の詩集である。
『こころの底荷』、『千人のきみ』、『不滅の女』、『あなたがいないので』、『ソミュールの料理屋で』、『もう一つの挽歌』、『記憶の森でランデブー』が2019年6月である。
私たちはこの3年半の間にこの九冊を読んだ。
亡くなっているとは思われない語り口が続く。
中学時代からの付き合いで夫婦を全うした二人である。
やがて現実は忍び寄ってくる。
夫婦とはこのように添い遂げ、死が二人を分けたとしても未来永劫寄り添って生きる姿を私たちはこの詩集を通して知るだろう。



最良のもの

恋人よ
あなたとともに
わたしのなかの最良のものが逝った
それが若さなのか
強さなのか
正しさなのか
わたしは知らない
けれどもそれが最良のものであることを
わたしは知っている
なぜなら
それはあなたとともにあったのだから
それは美しいものであったのだから
恋人よ
あなたが逝って
最良なものが逝ったと知って
生きていることができるだろうか
葉を落とした木々のように
冬に耐えて
春ふたたび芽吹くことができるだろうか
それが新しい芽であると分かるだろうか
恋人よ
最良なものを亡くして
春がどうして訪れようか
数限りない歳月が積み重なろうと
春がふたたび巡りくることはないだろう
なぜなら恋人よ
あなたとともに
すべての最良なものが逝ったのだから







用もないのに

用もないのにあなたに会いたい
わたしがそう言うと
みんなが笑うか
怒るか
不思議がった
けれども
わたしたちは
用があるから会うのだろうか
用足しすると
用済みになるのだろうか
空を見るのは
海を見るのは
用があるからなのだろうか
わたしたちが見ているから
海は海に
空は空になり
海に親しみを感じるのは
あなたが海からやって来たから
空にあこがれるのは
あなたが空へ飛び立ったから
用がなかったら来ないでと人は言う
用ってそんなに大事なんだ
だったらわたしは
あなたと会うことが用だから
用と一緒に
用になって
あなたのところへ飛んでゆく
わたしがそう言うと
みんなが笑うか
怒るか
不思議がった
けれどもわたしがあなたに会いたいのは
不思議でもなんでもない
あなたの存在が不思議なのだ

やさしい世界

世界のすべての朝に
きみが目覚めて
露にぬれた庭に歩み出ると
世界は花咲く園となった

世界のすべての昼に
きみが笑って
輝く海と山に挨拶すると
世界に魚と獣があふれ出た

世界のすべての夕べに
きみが振りむいて
沈みゆく日輪に感謝すると
世界は新たな知覚を約束した

世界のすべての夜に
きみが頭を垂れて
水の音に耳を澄ませると
世界は美しい記憶に包まれた

世界のすべての時に
きみがぼくの傍らにいて
子どもたちと遊んでいると
世界は生きてゆくのにやさしかった

詩集
2019/11/30発行
四六判 並製 カバー付

1,760円(税込)