作品詳細

吉田 新版

おすすめ!

吉田 新版

栗原洋一

栗原洋一の宇宙へようこそ

おすすめのワケ

『吉田』。1990年7月に刊行され、2009年1月に再刊され、2019年11月に新たな版で再再刊されたこの詩集は、七月堂の詩集の中でも存在としての「孤独」が静かに迫ってくる数少ない詩集の一つだ。
タイトルになっている「吉田」は地名である。この詩集には多くの地名が出てくる。その地を歩む栗原洋一の意識は歴史の流れに翻弄されるが「孤独」という存在であることで冷静な対峙がなされてゆく。
言葉は他者にあって発せられ、今を生きることが出来る。詩集はその余韻であるはずだ。
「・・・米料理がはこばれてきた。/米のとぎ汁を、ひとはだに温めたスープ。/飲むのは、わたしだ。/祝福せよ、/私は誕生したのだ。/砂の地形が崩れた。・・・」(「吉田」より)
稲川方人をして「この詩人と命懸けの詩誌を作ってみたい」と言わしめた詩集である。

「じつにふしぎな作品である。そして、この詩で使われている地名が魅力の一源泉になっているのは疑いようがない」と北村太郎。
稲川方人は栗原洋一と別れて、ホテルの部屋で「この詩人と命がけの詩誌を作ってみたい」と思う。
夜空に流れるゆるやかな地名の歩みで語られる世界。
その瞬間は瞬く間に消えてしまう、かのようだ。


 西

幾重にも
折れまがっている砂土手の
外部ではなく
内部に
きのうの約束の
白骨の腕は突きだされるのであったが
《ぼくが
きみに
何も
話すことはないし報告することもない》
《きみが
ぼくに
何も
話すことはないし報告することもない》
崩れてゆく 砂の言葉を
月の砂洲にかさね
ひとりわたしは 対座をといて
冷えてゆく砂土手に
寺西の
タクシーをひろった
吉田街道の
浮田の
置き去りにした
《血留》の子等は
激しく泣くであったろうが
村の入口の
鯛崎の鼻で
わたしの名が喚ばれる
《あなにやし えをとこを》
《あなにやし えをとめを》
内部ではなく
外部に
わたしの名が喚ばれ
岡ノ辺の
   鵜籠りの
      焼けた石が
  二夜にわたって
        堅められ
きのうのわたしである
《血留》の子等は
七折の 骨の
棒を 再び
折る

詩集
2019/11/01発行
A5判 並製

1,540円(税込)