作品詳細
月の領域
外を覗くと/青白い地球が/すっと魂のように消えていった
ほどいた後のやさしさの贈り物
鏡
ときには
なぞときのような
〈黄金虫〉や
〈メルツェルの将棋差し〉
夢の中で君はよく笑っていたけれど
ポーの使う
ひとつひとつの算術の中には
きっと空と空の間にあるという
鏡のようなものがあって
(木原孝一が言っていた)
(池田克己だったかな)
それは死を前に引き返した者にしか見えないもので
たぶん
もうじき
私の前にもあらわれる
似たような風景
それはどこかで見た風景だ 浄瑠璃かしら ある時突然女の
亭主が現われ 女の顔を張り倒す 見ていた私はついその仲
間に入りたくなり 男の腕を後ろから押さえてしまう もち
ろん男の力など どうすることもできないが たしかにそれ
は 保育園の中庭でのことで私も女もこの先どうしたらいい
のかわからない この時子供たちは一列に並んでこっちを見
ていたのだろうか 女はただ殴られるままになり ほおって
おいてくれと言う もちろん女と他の男の関係を亭主が知っ
たためだったがあとのことは覚えていない
似たようなことはたしか子供の時分にもあったはずだ 母が
妹を連れて逃げて行こうとしている 父は怒鳴りながら二人
の乗った車を抑えている それはやはりどこか芝居じみて
その日 食事を済ませていたのかよく覚えていない 私は翌
日の学校の時間割をランドセルに詰め直す 母と一緒に行か
なかった私に父はいつもより優しかったような気がした
詩集
2024/08/20発行
A5判変形
並製 カバー 帯