作品詳細
手癖で愛すなよ
それぞれの日常を消費してしまわないために
B面
春が始まった
いつまでも終わらない夢みたいに
町のなかを小さく歩いて食糧を買った
遠くのビルからは拍手
東京は青くライトアップ
あの人のマスクは小さすぎて
あの人のマスクは大きすぎて
私たちは棒グラフになって
週末には画面の中で乾杯する
子どもたちは日付を忘れて
暑い日にはTシャツを着て
どうぶつのいる森へ入って行った
大人はときどきニュースを見る事をやめた
足元に貼られた足型にぴたりとつま先をそろえて待った
二月の終わりを生きながら
聴いたことのない音楽の流れる春だった
まだこの世にないメロディー
どこから流れてくるのかわからなかったし
怖くて 家の中にとどまった
それで私たち、また画面の前で落ち合ったりした
さくらは可憐に咲いて知らぬ間に散ってしまったけれど
私たちは
B面のような世界を生きて
閉じていたとびらを開け放って
呼吸している
私は食いしん坊
食べ物がでてくる詩が多いですね、と言われた
ボロネーゼ
生姜の佃煮
ケーキ
寿司
ポテトサラダ
ゼリーポンチ
リンゴジャムパン…
もっとある
たしかに
食べ物の詩をたくさん書いてきた
食いしん坊の私には
作ることで閃いて
食べることで開けたいくつもの扉がある
キッチンに立って、わたしは料理を作る
思考は分裂しながら
フライパンの中で炒められる
しんなりして
無心で火が通って行く様子を眺めている
場面を刻んで塩で揉む
味付けは、いつも難しい
たまには
誰かが作った
おいしい料理を食べて扉を開く
あの時 一緒に食べたことを思い出す
善や悪や偽りや本心など
消費したんだよ
時間と感情もね
君の口からでた意外なことば
掬い取ってスプーンで自分の口に運ぶ
毒でもいいんだ
毒を喰って書けるなら本望だ
また一緒にごはんを食べましょうね
詩集
2023/08/25発行
四六判
並製 小口折