作品詳細
砂/鬼籍のひと
今日が俺の 月命日だという
言葉がぎりぎり抽象性を帯びるのは、記憶の奥底にある何かを封印したいからかもしれない。砂の音、砂浜、砂の生活、土管の街。耳をふさいでもあの砂の音が聞こえる。
──八木幹夫
藪下明博さんの詩集『砂/鬼籍のひと』には、陸繋砂州(トンボロ)の街の背後に広がる空漠とした心象風景と、風砂の擦過傷を刻むように生きた人びとへの追憶が描かれる。
──麻生直子
「砂の生活」
砂が
沈む とき
子供たちは
溶けて
声を 失う
大人たちは
耳を そばだて
亡くした 声に
紙花(かみばな)を
手向ける
砂は
墓碑のように
冷え切って
落とした 影は
無言のまま
食卓に
添えられる
砂に
溶け切れず
砂に
生き延び
夢を 見た
封印された
傷口を
時折 なぞって
幽かな
生活の気配に
息を 吐(つ)いて
砂に
祈る
「姉 Ⅱ」
風が吹いていた
……かも知れない
大きな
影
ドロップ缶を 握り締め
三本煙突が
隠れている
このあと
あんでげれ山に 登った
こわい こわい
ロープウェイに 乗って
姉の カーディガン
赤い スカート
しっかりと
離れないように
……と
きつく
指先を握る
旅立つ前に
叶わなかった
姉との 約束が
……隠れている
小さな
ドロップ缶の中に
詩集
2023/02/12発行
A5
並製 カバー 帯 栞付
栞文:八木幹夫・麻生直子