作品詳細

水門破り

インカレポエトリ叢書 20

水門破り

森田陸斗

もう この身体から降りようと思う

構築された世界の上で


捏ね繰り回された惑星に生まれて
地球のどこを切り取れば
ガーターベルト、キャノン砲、プリントシール機、メンチカツ、リニアモーター、求人誌、
骨も皮も取り除かれて 牛の名前が割れる世界だ

したたる命のにおいがしない
いや、ぼくは一度だってここで嗅いだことはないのだ
加工済みの場所に生まれ立ち(オフィスビル枯れても)
感触の鈍い鋪道を行き続け(芽吹かない)
一体いつから建物と建物の(ガードレール風吹いても)
隙間を道と呼ぶはめになったのだろう(そよがない)
矯正した歯列と同じ等間隔に植えられた(電波塔見えない花)
街路樹は表情なくゆられる(散らさない)
大皿のおかずは不確かな善意で残されて(マンションこれ以上)
捕虜のように静かにたえている(生長しない)

あらゆる装置の微音を聞くため、人は羽音を立てる虫を潰す
もはや人間生物は
自ら構築した世界を廻すため、世界に構築されている

構築された世界の上で ぼくの身体だけが 未構築のままだ

鉄と灰と死骸と皮脂を
捏ね繰り回して出来た密室は
絶え間なく駆動音がしているから
ぼくはぼくを動かす心音が聞きたい

ドアを開けると
誰にも所有されていない空
気のにおいがした

ぼくは
裸足のまま
アスファルトの上を
走る

生きた空気が肌に当たる
薄クリーム色にたなびく これが
風なのか
ふわりとした抵抗を進むと
去り際 反動で少し押される
倒れたボトルから血は零れ
どぷっどぷっどぷっどぷっと
脈打つ 空を搔き
脈打つ 冷気吸い
脈打つ 影蹴り退け
脈打つ 影踏み掴む
喉は呼吸のはやさにひりついて
鉄管を飲み込んだようにまっすぐ冷えている

雲に一滴の墨がにじんだ 空の湿ったにおいがする

小石が
やわらかく めりこんでいく

へこんだ足取りは前傾のまま逡巡する
足の裏に半透明な膜の層が形成されて
段々と裸足の純度が遠のく

遠く、屋根をつく、まだらな音がする

黒く汚れた足の裏は影と癒着しながら
ぼくをしっとり沈下させる
長く伸びた影に指でつつかれた
腕に水滴がひと粒くずれている

ぼくは濡れたシャツが身体中に張りつく感触を想像して

  濡れたシャツ?

        シャツなら
        もう
        濡れているじゃないか

脈の引いた身体に冷たい心音が響く
表皮のない水からは生臭い命のにおいがする

視野の淵に 何か、何かが染み込んできて
遠い、建物が、広い、道路が、空が、どこまでも巨きい

            ぼくの身体は、
            こんなに小さかったんだ

硬化した足の裏で
黒くぼやけた瞳孔と 目が合った





インカレポエトリ


詩集
2023/06/30発行
四六判 並製 小口折り

990円(税込)