作品詳細
死者と月
詩とは、あなたを探す灯
死は生あるものに必ず訪れる。
遺されたものはこの世界を生きてゆく。
「その世界は、陰影の世界である。実在が影となる世界である」(「補遺」より)
わたしを探して
冬の木立を歩いている
木立の中を歩いていると
光に音が吸い込まれ
人影が二つ 木陰に浮かぶ
彼らは優雅に球で戯れ
私は 冷気で白む息に
影でもないわたしを感じ
なおひとり 歩いてゆく
歩いていると先が開け
外から音が 漏れてくる
何処へ など知る筈もなく
ただ 躰の重みを僅かに感じ
誰でもないわたしは
私を引きずり
歩いてゆく
手紙
姿を消した彼女から 届いた手紙がある
言葉も写真も色褪せていた けれどもそれは
今にも滲み出ているものだった
今に滲み出ている 闇や影が
きらきらと輝くように 揺れていた
なぜだか僕は どうしようもなく懐かしいと思った
自分のものでもないのに 自分は知らないのに
そこに綴られている言葉には 重みと救いがあった
言葉にならない感情の淀みと 切実さもあった
そして思った 誰かと 世界と 繋がろうと
していたのではない そうではなく 必死に
自分と繋がろうと していたのだと
そうやって 結果的に 不器用なりに
今に向かって
前に進んで
躓いていた
それを届けようと思った彼女の意志を
僕は 美しいと思った
誰かの意志を 美しいと思う
そのために人は生きているのだろうか
夜を乗り越えて
カラスが屋根の上をコツコツと歩く音で
僕は目を覚ました 朝はまだ早い
外が少し白みはじめた
誰もいないリビングの大きな窓
カゴにあるグレープフルーツ
秒針のない時計
昨夜食べた味のないチキン
ナイフとフォーク
沈黙
月はまだ出ているだろうか
コーヒーを手に 僕はぼんやりと考える
これまでの人生に どれほどの間違いが
あっただろうか もちろん 後悔することはあった
けれども もし もう一度この人生を
やり直すことができるとしたら
僕は 同じ場所にいるのだろうか
多分 確率は五分五分だ
でもまあいいさ どこにいたって
こうして夜を乗り越えていくだけだ
冷蔵庫が低く唸り 氷が落ちる
鼻から息を吸い ゆっくり吐きだす
新聞配達のバイクが 十字路で
いつも通り 朝七時のクラクションを一度だけ鳴らす
僕は知っている それが一日のはじまりを告げる
一人分の孤独の合図だということを
詩集
2023/11/05発行
四六判
並製 カバー付