作品詳細
白くぬれた庭に充てる手紙
第62回藤村記念歴程賞受賞
あすの火は わたしたちのなかにある
光を孕んだ水が流れて島を象るように、言葉はほどかれ何度でも編み直され、こんなにも柔らかく強く透きとおる詩になった。実在の場所の伝承、そこにあったかもしれない情景とリアルな今に息づく思い。外と内。豊かにくつがえされて季節はめぐり、届けられる声を掬う私たちのてのひらに生命が燃えあがる。――川口晴美
【作品紹介】
かすかなひと
春から夏のゆるやかな野と こぼれかけの庭
わたしのブラウスにも白い舟が漂着して
白い舟は 壊れかけのまま
なかから こびとの船員が這いだしてきては
遠い国の合言葉を となえた
わたしという舟を すこしだけ 前進させて
こびとは 果ててしまったか
もうそこには影すらない
こびとたちの溢れる港には 新鮮な魚やていねいな職人が息づいていて わたしが美しい鉱石の指輪を買うことは まるでこびとたちへの問いかけのようで 死ぬことも生きることも 永い時間のなかでは ゆっくりと木べらを持つこびとたちに かき混ぜられていくような気がした 爛熟する正午 わたしはスウプを口にし こびとにもそれを飲むように強要した 壊れかけの庭には 薔薇の迷路がつづいている ここに来る者も出ていく者もいない この完璧な企図のなかで わたしは洗い終えた皿を 湿った布巾でぬぐった こびとたちは それぞれの仕事に戻った あるものは漁師として 朝の冷たい町を巨大な魚をひきずって歩いた あるものは医師として 少女のきずぐちを縫い少女に花のような接吻した また、あるものは会計士として ある未亡人の相続にまつわる 不吉な地図を燃やした すべてのものが 水音のようにひらいていたのだ その清潔な音 純粋な音――。わたしが守りたかったのは そんな音の絵だ
白い舟は 湾を周回し
わたしは口をおさえて 港をあとにした
どんなに苦しくても 消えいりたいと思ったとしても
ことばを棄てることはなかった そんなあなたに
わたしは わたしのことばを相続します
【著者プロフィール】
望月遊馬(もちづき・ゆま)
2006年、第44回現代詩手帖賞受賞
第一詩集『海の大公園』(2006、poenique)で、第12回中原中也賞候補
第二詩集『焼け跡』(2012、思潮社)で、第18回中原中也賞候補、第4回鮎川信夫賞候補。
『水辺に透きとおっていく』(2015、思潮社)で、第26回歴程新鋭賞受賞、第21回中原中也賞候補
『もうあの森へはいかない』(2019、思潮社)で、第70回H氏賞候補
『燃える庭、こわばる川』(2022、思潮社)で、第73回H氏賞候補
✿ 2024年9月6日の東京新聞夕刊にて岡本啓さんによる書評が掲載されました。
✿ 2024年9月16日の公明新聞にて野村喜和夫さんによる書評が掲載されました。
詩集
2024/07/31発行
A5判変形
並製 帯付
装丁・組版:川島雄太郎