作品詳細

不知火

不知火

知火

「不知火」に導かれて幻想的世界へと誘われる短編小説集

子供のころ世界の七不思議という題の本が家にあった。そこには昔ある天皇が九州を旅していた時に不思議な光が海に湧き出るのを見てあれは何かと漁師に尋ね、漁師が知らぬと答えた故にその火を不知火と名付けられたという話が載っていた。その火がどのようなものかついぞわからぬままに、むしろその響きの持つ玄妙な美しさに魅かれて、それがいつの間にか不思議なイメージとなって心に残った。真っ暗な海、彼方に光のようなものが浮かび上がる。いや、この世の光なのか、眼の裏側にしかないものなのか、いぶかしんでいるうちにそれが次第に広がり始める。沖合全体が輝き始めたと思う間もなくもうそれは思い出のようにふっと消え去ってしまい、そこにそんな光があったと思うのもまたうつつか夢かわからぬあえかなほのめく匂いのようににじんで行ってしまう……横浜に移り住んだ五歳のころから海は日常のものとなり、目にも、体にも親しいものとなり、昼の美しさにも夜の星空にもいつに変わらぬ甘やかな薫りを含んでいて、それに懐かしさを覚え、自分にとって、懐かしいという言葉は聞けば直ちに海の匂いを思い浮かべるものとすらなってしまった。(前書きより)

小説
2023/02/10発行
A5判 上製 カバー付

3,300円(税込)