作品詳細
龍の還る日
あれはたしかに龍ですが
私だって龍だとは思えませんか
お客はひとりしか乗っていない
読書している老人の前に
失礼します と 腰をおろすと
本からあげた顔が
なんだおまえか
よくみれば父親であった
─中略─
私は膝に箱をのせている
そこには秘密がしまってある
そっと蓋をずらすと
ぼんやりベッドに腰かけた老女の
昔覚えた歌をくりかえす低い声
父があんなに逢いたがっている人はこの中にいる
だが見せることなどできはしない
蓋をもどしてうつむいていると
いつしか眠りにおちていた
ふいに強く膝をゆすられた
眠りから覚めて泳ぐ目が
激しく指で叩く窓にくぎづけになる
すぎる駅のホームで母が
まぎれもない母の姿が
ゆるく列車に手を振っている
父も伸びあがって手を振る
互いに相手を認めた確かさで
時にはこういうこともあるのか
膝から箱が消えている
鼓動が少し早く打っている
列車は走り去っていく
私ひとりを星々の中に置いて
(「星の列車」)
『東を向いた家』(あざみ書房)2013年6月
『あそぶこどもたち』(あざみ書房)2014年3月
詩集
2018/09/01発行
A5版
並製 カバー付
1,980円(税込)