作品詳細

おくりもの
在庫無し

おくりもの

篠田翔平

狭いアパートの階段をのぼる。
「きみにしか、できない話があるって思うんだよね。」

多くの言葉は語られることはなかったが
本を閉じた時
いくつもの言葉がアベリアの花に乗って
飛んで行った
そんな夏の一日を……




死後
島になって、とうめいな鳥になって、ひゃくねん
思いの宿らない低い木々のそばで眠っている
わたしたち。髪を切るはずの午後、語りあうはずの午後
ひとの形になって、笑うと、笑えずに
(セミだね。)
(明日もきっと暑いね。)
ひゃくねん。
掲げたじぶんの、じゅうりょくに揺れて
揺れることですこしずつ
わすれられて
形がなくなるまで、茹でて、冷やされた
わたしたちをこれからも
(たのむね。。)――なんて
笑いあった
夏の
あの夕暮の彼方。そこに
虹が出たこと、虹のこと、光のこと、この子と
(思い出せますように。)
短冊に
吊るすとみな、おもさがない。
島いちばんのおおきな笹が、どこからか折れて、――あたたかいだろう?
あたたかい。ここなら、あなたも、この子と
われた皿の先で
きずついた羽の先を、ぬう糸の先で、きらめくままに
眼に
ひとつ。通して
(わたしは……)問うていた、(わたしは……
くだいてもらった星を飲む。ずっとおなかが、いたくて、いたくて――折れて、あたたかくて
あるけなくなったんだった。
(ひゃくねん。)
あいしあう
わたしたちのからだには
うすく
ぬれた皮膚しか残らない

詩集
2021/06/06発行
菊判変形(220x150) 並製

カバー絵:qp