作品詳細
耳に緩む水
「ことば」に磨き上げらる感性(高橋次夫)
人は多くのものを得るが、同時に多くのものを失っている。
自ら捨てているのか、見捨てられているのか。
そんな中で詩人は言葉を手に入れる。
紙をめくるおと
薄いものが剥がれ 動き 畳まれる、おと
手が汗ばむ
紙が波打つ
波打った、紙のわずかな凹凸
呼吸している か み
職場まで電車に揺られる
タブレットがメインで紙は稀
アラート!
紙は紙でなく指でなぞるガラス面
精密機械の音階も、おと
――紙に似たとても違う別の何か
綴る心の体温までは変わらない、のか?
紙のおと、髪を搔き上げるおと、
神へ捧げる祝詞、噛み締めた歯の軋むおと
(いつか 上座に座った目上のひとが
面接の、かみを、捲るおと、
人生の大半を決める、その時に、
耳が聞いているのは、紙をめくるおと
神が仮初にも生業を与えるとき
しじまの掠れが心の底に落ちてくる)
事務的に打ち込み書き込んでいく日々
毎日たくさんの紙を触っているけれど
あの乾いたおとを 聴きたくて
人生の次のページを書きたくて
今も指先は めくる紙を
開花予報
万年筆のペン先を囓る
脣は蒼昏く染まった
蒼い小花が指先にも咲く
β波からα波
孤独は枕元に寝かせて
脱け殻は身軽に、
ふわっ
ブルーブラックは僅かに夏蜜柑の味がする。好きな色ほど妄執的に食す。赤は痙攣するほどの痺れ、ピンクは驚くべき渋さを誇り、白はグラニュー糖をトレースする。幾度も吐き戻してゆき、たくさんの花々で床には花溜まり。静脈を流れる葉緑素が透けていく。オアシスの観葉植物は翡翠色の羽ペン用インク。ラストに囓った青花。机の上にぱたたと溢しした。溢れた唾液は見る間にブーケとなり、卓上いっぱい飾られる。
気温が上がってきて
インクは更に開花する
(染まる)
脣も指も机も床も脳も腹の中まで花で埋まる
春は、生花のための祭壇を用意した。
詩集
2020/10/15発行
A5判
並製
挿画:マチコ