作品詳細
くじら飛べ
俺はいま月の海と銀河のあわいを飛んでいる
著者第一詩集。「プラモのヒコーキを作る要領で、言葉を継ぎはぎして古式捕鯨の世界を書いてみたり、ヒコーキを書いたり・・・」言葉の世界に遊ぶ著者の、知的好奇心と想像力、時にドキリとさせられるブラックユーモアも散りばめられた作品集。
断崖の上で男は海を見ていた
長州北浦向津具半島 川尻岬の光る海
潮風の中で その男はゆっくりと口を開いた
俺は長生きした ことし八十六だ
川尻鯨組最後の生き残りだ
鯨組ではトモシだった
いつか銛を打つ刃刺になりたかったが トモシだった
鯨漁は厳しい 死ぬこともある
刃刺が死ぬときは俺も死ぬ 伴に死ぬ
だからトモシとそう思ってた
船の艢を押す艢押と書くのだとは後で知った
だがトモシだ 俺は
鯨を捕る船は勢子船と言うのさ
勢子船は櫓が八丁あって そりゃでかい そりゃ速い
よく曲がり すぐ止まる
俺は八人いる漕ぎ手のいっとう後ろ 艢の櫓を漕ぐ舵取りだ
うまく舵取りゃ刃刺は助かる
下手すりゃ船はひっくり返る 大変だ
下帯一本真冬の海だ 漁師を死なせることもある
俺か 俺は 俺たちは死ななかった
鯨捕った晩は祝いの晩だ
うまいもん食い酒飲んで鯨唄うたって踊ったなあ
おんな子供も喜んだ 白いめし食えた
だけど鯨はもう来ねえ
男は黙って海を見つめた
潮騒 光る波 やわらかな風
昔この海で男たちは鯨を捕って生きてきた
詩集
2018/02/18発行
A5
並製
解説・中谷順子