作品詳細
きみと猫と、クラムチャウダー
生きることの喜びと
日々を生きるための彩りとは
「下書き」
いつも、帰り道なんだよね。
肩にかけたバッグの重み。傾いている背中。首をかしげた街灯の下の路地裏のオンステージ。ゴム底のストレートチップ。カレーの匂いのする夜道のあと、セブンイレブンの中華丼をレンジに入れて待っている。「一日の半分の野菜がとれる」、そんな謳い文句に安心を買いつつ、明日の朝も野菜ジュースをコンビニで買う。ネクタイをほどいてジャケットをハンガーにかけて、二度、ブラシを往復させるとソファで無意味なアニメを二つ見てあたたまった中華丼を口に運ぶ。ふうっと息を吐いて、沸いた風呂のなかでTwitterを流し見る。何か言いたくなって、何も言わなかった書きかけのツイートがもう53件ある。新大久保で買った韓国製の化粧水を肌にすりこませてベッドに倒れ込んで五度、死んだように眠る。口内炎の痛む目覚め。沁みる野菜ジュースが傷を癒す錯覚。ビタミン剤の異様な尿の色。電車に乗ると腹部にまた嫌な感じがして、手をあてながら、駅についてコンビニにかけこむイメージを絶えず描いて流れていく風景をやりすごす。不自然なフォームでかけこんだコンビニで余計に一つ栄養を気遣った一品を買う。職場までの道で深呼吸。同僚が前方に歩いているのを見つけて少しテンポを落として、暗くなったこの道を思う。
「いつも、帰り道なんだよね。」
片手で書きかけのツイートを増やす。
「下書きに保存しますか?」
「―保存」
そうして
「お疲れさまでした」という上司の言葉で週末に入る。
肩にかけたバッグの重み
傾いている背中
首をかしげた街灯の下の路地裏のオンステージ
この日々も
下書きならよかった
けれど
あのとき言えなかった言葉が
何も言わなかったというその何かが
この日々をなお、生きのびようとして
いつもの帰り道で
ぼくにこのようなものを書かせている
「これは、下書きではない。」
そう
つぶやきながら
詩集
2023/11/26発行
四六版
カバー