作品詳細

彼女の劇場

彼女の劇場

園イオ

誰を好きになるのかを
選ぶことはできない
そうでしょう?

女の体をもって生まれて生まれてきた以上それにまつわる経験や感情が塵となって積もり、時には噴出したりさみしく漂ったりするわけです。ここではそんな地層から生まれた棘や毒、伏せた眼差しを主に集めています。書きものの常で、各作品の主人公たちはすべてが私というわけではありません。
(「あとがき」より抜粋)


園イオ第一詩集刊行

「三億光年の闇が広がる」中にスポットライトは当たる。



真夜中のチェリーブランデー


とろみが臓腑に落ちるのを見届けたら
二の腕が弛緩するのを待つ
全身にささった針が
一本また一本と抜けていく金曜日
頭の中の「ねば」「たら」「のに」の
分厚い石壁が
ずずっと四方に退く
腰がすとんと落ち
頭皮が鶏頭のように楽園へと開花する
真夜中のチェリーブランデーは
痛み止めであり眠り薬
私は何を鎮め
何から逃げていこうとしているのか
そこんとこよく考えないと
まあいいや 明日考えよう 
エヘヘへへ 
私は真綿色の花びらのベッドに
ふにゃふにゃ沈んでいく
守られているのが当然といった体で
月は夜空に煌々と光らせておいて
土曜日の朝にはチェリーブランデーは
罪悪感という名のハイオクガソリン
朝もはよから生産的かつ能率的に
頭のすみに積もっていた「ねば」を
一気に片づける
家中の窓も床も
朝イチにピカピカに磨いたあとは
すばらしい詩が三篇もできた
天才か? 
これからコーンフレーク食べて
白い犬と笑いながらサイクリングしようか
アメリカのテレビCMみたいに
このハイオクは三日はもつ
そしたらまた始まる
ルビー色の螺旋



化身の巣


わらわらとわき出ては帰って行く
水をかけても線香をたいても
ちょっとあわてるだけで
一直線のねじまき時計のように
チクタクと隊列にもどる
蟻が部屋を這う
東の窓の下に住処をつくった
さてはあいつか
亀虫 蓑虫 手長蜘蛛
使者はいろいろと現れては消えたが
蟻を寄こす奴ははじめてだ
殺虫剤をふきつけると
絶叫が聞こえた
一瞬激しくもがいたあと
屍が累々と毒の川に打ちよせる
蟻を蟻となさせしめたのは
忙しく動く細い手足だったのか
一匹だけが生き残り
床に落ちた三日月の爪には目もくれずに
手の甲から二の腕に螺旋を描く
帰れ帰れ東のほうへ
37
お前が探しているものは
もうないよ
肺の底まで息をためて
一気に吹き飛ばす
川のむこう
24・3キロメートルのかなた
彼の部屋の西の窓には
私の熊蜂がぶんぶん唸りながら
曇りガラスにぶつかっていることだろう
男は眉をひそめ
青い目で見つめていることだろう

詩集
2023/06/30発行
四六判 並製 カバー 帯付

1,650円(税込)