作品詳細
ひらがな商店街
「わたし」が生きている街、それは「ひらがな商店街」
駅ののりかえ通路は窓の上。
どんなことが人に起こっていても不思議でない街。
小松宏佳の世界は深い深いどこかの世界で長い時を過ごしていたのかもしれない。
空を見上げて、さぁ、深呼吸をしてみませんか。
そこは「ひらがな商店街」。
油蝉の汗
暑かった
油蝉は念仏をあげていた
夕方雨が降ってまさかの転落
濡れた道をもがき滑った
翌朝
仰向けに失神していた
誰かが指をだしたので
反射的によじのぼった
からだは使い切れ。
黄泉の山の崖のぬくもり
長い一生だった
数珠玉がきしみ
花の中に落ちた
星まつりに行きましょう。
いいかおりだ
観音寺の紋黄蝶は
牛蛙と
雑魚寝した
干しておいた靴下をはく
かみあわない夜もありましたが
もう会えませんから
紫のかおりで包みながら
白薔薇は
油蝉の汗をふいた
生きている場所
店員の動きが軽くなる 閉店前
ドーナツをかじって
カフェオレを甘くする
ノートに押し葉のもみじをみつける
甘いもんはよかな。
ふと祖母の声
もみじば、はさんどき。願い事が叶うばい。
まじない好きで面倒見のよい祖母は
戦時中ちかくの駐屯地へ井戸水を分けた
炊事係だったあにやさんは
ドラム缶で水を運んだ
それから転属先の広島で被爆した
骨折した足をひきずって
あにやさんは福岡の祖母をたずねた
ようきたなぁ。
祖母の声に
彼は顔を上げたまま涙をとどめた
小さい祖母は彼をリヤカーに乗せ
接骨院へ通った
かならず琉球塗りをもってきます。
甘いもんがよか。
外の明かりがきえると
淡い人影がふえる
ここにもむこうにも
生きている場所がある
もみじの折れていた端っこを広げる
詩集
2021/07/21発行
A5変形 (140x200)
並製