作品詳細
ガーデニアと とかげ
丘の上の空がすべて からだを包むこの風がすべて
ここは現実の世界なのか、夢の中なのか。
植物や動物たちと共にある日々は静かなユーモアで語られる。
リズム感にあふれる言葉で私たちの避けがたい日々を体験させてくれる。
麦を渡る
麦を渡る風に乗り
芒のすれすれを
滑走するツバメ
新調の服を着ている
麦を渡る風を訪ね
穂のあちこちに
何か配達している紋白蝶
キャベツに電話をかける
きじが鳴いている
おおらかな喉で
切りたての拍子木を
打ち鳴らしている
麦を渡る風の行き交いの
ひときわ明るくさわぐ
あのあたりか
しきりと
ヒバリも鳴いている
風を昇る船の
行き着く空のどこか
ぴちぴちと光をつまんでいる
麦を渡る風につながって
幼い子らがならんで通る
そろいの帽子のうなじに
日よけの青い布の跳ねて
てんとう虫 びっくりして
小さなジェットエンジン
羽音の唸り上げ 飛んでいった
この左手の中指の先から
美しい話
こわれた猫は 垂れるまぶたを持ちあげて
つぶれた小犬を見やっていました
ねじがゆるんで外れかけた
目玉をぶらぶらさせながら
つぶれた小犬は
斑点だらけの胸の毛に
ちぎれた小鳥を抱き寄せていました
せめても毛布になりたかったのです
ちぎれた小鳥は
初列風切羽のあざやかに青かった小鳥で
昔は美人のコロラチュラソプラノ
ちぎれても 花の小枝をくわえていました
右足を砂袋のようにひきずる少年は
こわれた猫を首に巻きつけ
つぶれた小犬を上着にくるんでそっと抱き
ちぎれた小鳥はハンチング帽の内に安らえて
酔いつぶれしゃがみこむ老人は
うちすてられた椅子のように通りの際で
歳月の涙の澱でふさがった両の睫毛をこじあけて
旅立つ少年を見送っていました
忘れられた女が
すり切れた孔雀模様のショール越しに
低く語るところによれば
少年のポケットに
小鳥がくわえていたのと同じ花の
小枝をひと枝挿して飾ってやりたかったそうです
詩集
2022/10/27発行
A5変形 140x190
上製 カバー付き