作品詳細

藤井稔詩集

インカレポエトリ叢書 別冊

藤井稔詩集

藤井稔

藤井さんが書きつけた言葉の奥に、わたしは時々、あー、うー、おおーと、人間であることを超越した生きものの鳴き声を聞く。胸がかきむしられる。そして、わたしも人間をやめて、いっしょに鳴きたくなるのだった。
――小池昌代

わずらう


恋人よ あの音を聞いているか
僕という織布がよれていく音を
有線のインディーズ
JR大阪駅裏のラブホテル
シルクのシャツは雨に弱いから
ぬれた右腕はもう動かない
その火照り、及び齟齬を返せ
恋人よ 僕たちの恋は
ワンタイムパスワードでもよかった
その意味を決めつけるには
あまりにも早すぎた
僕がずぶずぶと泥を漕いでいたとき
きみは初恋をしていたのだろう
すべてを知ることができればよいと思う
もしくは、何も知らずにいられたら
きみがおかしならば食べてしまいたいくらいですという
のっぺりとした言葉を口にしたとき
コソヴォでは悲鳴と空爆が絶えなかったらしい
その火照り、及び齟齬を返せ
街では小さな蜂が何匹も
僕らの知らぬ記号をはこぶ
僕もまた、黄色い羽を揺らしつづけて
とにかくへとへとだった
何もかもが
千切れた蜂の涙だ
きみが僕の手を握り返す感覚が確かにしたが
隣町では、路地裏で犯されるきみを見た奴が
バケツいっぱいのねばついた絵の具を振り蒔き
きみはそれを『きらきらひかる』にはさみ、みにくい押し花にした!
恋人よ、僕らの生活は
十六才の耳鳴りのせいで破裂しそうな
あのかがやきが全てだったか
黒々とした光に照らされたあのあぜ道で
ふたりは立ち尽くしたはずだ
「復讐は済みましたか?」
荒々しく それでいてさわやかな
ギターの音




インカレポエトリ




詩集
2026/01/10発行
四六判 並製

装画:戸崎翔太

1,650円(税込)