作品詳細
インカレポエトリ叢書 25
あざらし
わたしはこみあげてくる/ピーナッツを必死に/腹に押し込めている
待合室
はねるような音を合図に電光掲示板に数字がともる
大勢が期待に満ちた目で見つめる
うち一人が興奮した声をあげ
案内係に連れられていく
次は自分だと皆
数字のついた手のひらを擦り合わせる
椅子の脚が浮く感覚にわたしはとらわれる
わたしの腰かけた椅子だけ数センチ
地面から浮いているかもしれなくて
立ち上がることも
言葉を聞きとることもできないでいる
冷房の音が背後で鳴りつづけていて
噛みすたれたガムの冷たい感触を思い出した
女が天井からつり下がり落ち着いて話を連ねていて
頭の痛みがどんどん積み上がっていく
巡回の男の革手袋に突然真後ろから
肩を叩かれ息をのみふり返る
合わさった男の目の奥に線路がつづいていて
履き古された靴は今にも駆け出しそうな身体を
必死で踏みしめていると気がつく
躊躇なくわたしの腕をつかむと
手のひらを確認し乱暴に投げ捨てて
揺れるようにまた歩き出す
服の背中に染み出した
汗の臭いが遠ざかっていく
満員車両
立たされた車内で
家族に連絡を入れる
わたしたちの生活に
とても速い電車が
走るようになった
となりの国まで
毎日働きに出られる
とても速い電車に
乗りたい人は多い
自由席車両はごった返して
身うごきもとれない
座席をとり合って
トラブルが絶えないので
椅子は全部とりはずされた
それでもとても速い電車に
乗りたい人は多い
なんとかポケットから
スマホをとり出したとき
となりの男に肘をぶつけてしまい
男はまだ睨むようにわたしの
画面を覗き込んでくる
となりの国との境目で
大きな争いが起こって
線路は通行止め
となりのとなりからも
さらに遠くからも
となりの国に行きたい人が
多すぎるのだ
電車が止まって
ただでさえ乗客は
いらついている
男を尻目に
遅くなりそう
待たなくてもいいよ
と送信する
詩集
2024/02/10発行
四六判
並製 小口折
表紙文字:東譽枝子/表紙写真:水野小春