作品詳細

アーベントイアー

アーベントイアー

木葉揺

行け、行っちゃえ、どこまでも――

軽やかに弾けるように、必死の逃走のように言葉から言葉へ、揺れながら飛び移る軌跡がくるしくて、たのしい、冒険を刻みつけていく

皆と同じ走り方ができなくても。一人ぼっちで。宙をつかんで。うまくいかないことだらけの現実に言葉で風穴をあける第一詩集。(川口晴美)



カミングスーン


洗濯物を干し終えたとき
太陽が自身を弾き
一度消えてほどなく点った
それは合図
パスポートと財布を手に成田へ
のどかな風景の巨大施設に入ると
カウンターの制服に説明する
チリ行きのチケット購入成功

南への気持ちを抑え北へ飛ぶ
ニューヨークに着いたら
サンチアゴ行きに乗り換え
狭い座席で止めていた息を吐いた
到着したら卵
転がるような言語の人々が私を誘う
食いしばるように卵を探し
市場で大量に仕入れて列車で港町へ――

太陽がぎこちない瞬きを始め
港に着く頃には弱い光
おじさん、船を出してくださいな
交渉は進み
卵を全部渡して船に乗る

島についたら一心不乱
岩という岩を確かめる
一番遠い
海辺を眺める
右から二番目
間違いない
私は後ろから抱きついた
モアイ、会いたかったよ
もう迷うことはないからね
首を伸ばして見上げる
途端に寒気がした
手がある
(手で何かを耳に当てている)
これはモアイじゃない
右隣の岩も
(手に持ったものを指でなぞっている)
左隣の岩も
(手に持ったものを海にかざしている)
全部モアイじゃない!

頼りない太陽に
海はやりきれず潤んでいる
こんなはずじゃなかったのだ
太陽がまた途切れながら呟く
私は仰向けになって手を組む
(間に合ったのに)
太陽は去った
バチンと横線を最後に描いて
こめかみを通った涙が
耳に入った


【著者プロフィール】
木葉 揺(このは ゆり)

兵庫県出身
2006、07年「詩学」に投稿
2009、10年「現代詩手帖」投稿

第12回びーぐるの新人

詩集
2021/10/15発行
四六判 並製 帯付

1,650円(税込)