七月堂通信

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久々の更新(おそらく今年最後の更新)

 奈良に旅行に行き、大阪に出張に行って以来の更新である。

 この七月堂通信、遡って読んで頂ければわかるが、だいたい更新が滞ったことを反省する一文から始まっている。これではいかん! と前までは思っていたが、もはやたまに更新されるレアなコラムでもいいのかもしれないと思い始めた。気付いた人は気付いてくれるようなコラムというか、あ、でも七月堂で本を作りたいと思ってくれた方はこのコラムを読むのだろうか。う~ん、やはり適度な更新は必要かな。おそらく今回が今年最後の七月堂通信。来年は頻繁に書けるように頑張りますっ!
 
 2016年の春から始まった古書部も気付いたらオープンしてとっくに半年を過ぎていた。徐々にではあるが近隣の皆様にも認知していただきつつある。今まで接点が全く無かった方々との出逢いに七月堂もわくわくドキドキな毎日だ。最近は窓の外に可愛いイルミネーションまでついた。昔の七月堂をご存知の方は混乱するのではないかという結構な様変わりである。
 古書だけでなくハンドメイド雑貨、「古本屋でヨガ」と銘打ったヨガのワークショップに最近では「岡島楽器」としてわたくし所蔵の中古楽器(主に打楽器)の販売も始めた。詩人のオノツバサさんいわく「カオス」の世界が展開されている古書部の今後に期待していただきたい。

 肝心の詩集では前述のオノツバサさんの第二詩集が年内の完成を予定している。前作『やさしく象にふまれたい』からの目覚ましい進化を感じていただけるだろう。ツイッター上では『やさ象』のプレゼント・キャンペーンも開催中のオノさん、年末年始の七月堂はオノツバサ一色になりそうだ。

 そしてそして目下製作中の詩集、良作揃いで本当に完成が待ち遠しいものばかりだ。古書部共々七月堂の新刊にも期待していただきたい。

 早めだが今年一年を締めくくるようなことを書かせていただけるならば、やはり古書部のオープン、そして葉ね文庫さんでの高塚謙太郎・黒崎立体両詩人との座談会、これに尽きるだろう。おかげ様で楽しい経験をさせていただいている。本当に感謝感謝である。

 これからも個人的に楽しみつつ、皆様にも楽しんでいただける、そんな感じでやっていきたいと思っております。

No.0054 2016年12月06日 O

七月堂通信特別編 大阪出張記4 ~最終日(ちょこっと)京都出張記~

 高塚・黒崎両詩人との葉ね文庫さんでの座談会を無事に終え、あとは東京に戻るのみなのだが、関西に行くなら京都の三月書房さんに寄ってほしいとボスに頼まれていたので京都へ向かう。

 昨日座談会の後、明日は三月書房さんというところに行くんですと話したところ、なんと葉ね文庫の池上さんが(勝手に)師匠と仰ぐ方だった。だったら悪い人なわけがないとは思っていたが、想像以上にナイスなお方だった。

 三月書房の店舗は京都市役所駅から5分程度。古めかしい、昔ながらの町の本屋という風情だが、置いてあるものは一味違う。詩歌が充実するのはもちろん、バーゲンブックという自由価格本が大量にある。これは残念ながら倒産してしまった出版社の本や何かと事情がある品も多いようだが、お客の立場からすると純粋に宝の山である。定価の半額は当たり前、ものによっては驚異の七割引き(!)である。
 ご挨拶し、ボスから謹呈してほしいと頼まれた本を渡し、お手を煩わせるのもあれなので早速本を物色させていただこうとしたところ、逆に色々とお話を聞かせてくださった。座談会の結果をフリーペーパーにするという話はしていないのに「フリーペーパーとかあると自費出版のお客さんが来やすいからいいと思う」と資料として次から次へフリーペーパーをくださったのには感動した。あげく「葉ね文庫さんがこれは売れるって言ってるからなぁ」と『sound&color』を注文してくださった。なんて良い本屋さんなんだ! その感想も手伝ってついつい重い本をどかどか買ってしまった。

 さて、これでついに完全に仕事を終えた。あと京都に滞在できるリミットは3時間。これまた昨日、お寺が好きなら東寺か三十三間堂は行ったほうがいい、と高塚さんに教えてもらい、特に三十三間堂は「笑えてくる」ということなので是非行きたいと思う。のだが、今回、実は自分の中で行かねばならない場所があった。“それ”が実は今回の企画の影の推進力だったのだ。

 ずばり件の三十三間堂の目の前、京都国立博物館に“それ”はあるらしい。もったいぶらずに言うと“それ”は不動明王像である。

 そもそも、GWに奈良に行った際、リニューアルオープンした奈良国立博物館の仏像館で出会った降三世明王像という巨大な密教仏に激ハマりしてしまったわたくしは、それが大阪の金剛寺というお寺の本堂にある三像の一体と突き止めたのだ!(解説を読んだだけ)他の像も是非見たい! と興奮気味にいかにもバイトっぽいにわか学芸員のおばちゃんに他の像の行方を尋ねたところ不動明王像は(多分)京都という答えだったのだ。

 (多分)京都・・・京都めっちゃ行きたいやんけ! というところに高塚さんからの

可能なら面と向かって対談できればいいのですが、
黒崎さんは関東の方でしょうか?

というメールだったものだから、行きたい気持ちが倍増したのです! 関係者各位! すいません! 今回の出張は仏像目当てでした!

 で、その不動明王像、確かにあった! これだこれだ! 間違いない! うわーすげえって思っていたらその横に不動明王像なんかより遙かに大きい、金剛寺のご本尊である大日如来像がおわした。本尊が博物館におわす状況はお初だったのでさすがに驚いた。(これらの像はお寺が改修工事中なので博物館が保護しているそうです。)

 まあ、理由はともかく実際こうやって出張させてもらえて、座談会も無事開催できて、こうやって実際不動明王さま及びおわすとは夢にも思わなかった大日如来さまにお目にかかれて嬉しいことこの上ない。そういえば今年のおみくじに「趣味が仕事につながる」的なことが書いてあったのを今思い出した。とにかく自分が行くとこのおみくじはよく当たるのだ。

 というわけで七月堂の大阪及び京都出張記でした。果たして出張記3があるのか。二度あることは三度あると信じて、座談会の録音を聞きながらニヤニヤしたりしている東海道新幹線の中からお別れです。
 
 それではまた出張記でお会いしましょう!

七月堂の大阪出張記 完

No.0053 2016年09月07日 O

七月堂通信特別編 大阪出張記3 ~二日目~

あらすじ:高塚謙太郎詩集『sound&color』黒崎立体詩集『tempo giusto』の刊行を祝した座談会を葉ね文庫にて開催し、それを元にフリーペーパーを製作することを企画した七月堂・岡島。万事滞りなく大阪に到着したかに見えた岡島だが、実は風邪だった。

 前日の自分の調子が普段の三割だとすると、普段の六割程度には回復した。今日が今回の出張の目的であり、ここ数ヶ月の七月堂を支配していたまさに山場中の山場、高塚×黒崎@葉ね文庫の当日である。座談会の予定は15時。それまでに体力と気力の回復に努めなければならない。

 というわけで四天王寺に行った。

 結局観光か! という声が聞こえてきたが、そうではない。これは座談会の成功とひいては己の早期回復を一心に祈ろうという信心深さのあらわれである。決して旅行先のお寺の本尊ぐらいは確認したいという仏像ファンの性、利己的な欲求によるものではないことをおわかりいただきたい。

 そして四天王寺の金堂は想像以上に良かった。本尊は救世観音菩薩。こんなに大きめなサイズの半跏像を見たのは始めてだ。像の来歴については後ほど調べたのだが、明治生まれの彫刻家・平櫛田中さんの作によるものだという。調べなければかなり古いものだと思っただろう。かなり良い具合の色合いに黒ずんでいたからだ。それもそのはず、お堂の中には途切れることのない参拝者、そのためにお坊さんがお経を唱えてお線香を焚き続けている。“よく拝まれている像は黒くなる”(お線香のため)の法則を実感した。
 さてこの金堂、本尊だけでなく周囲をぐるりと囲む仏伝図の壁画も素晴らしい。質感的には砂っぽいザラザラとした印象の壁面、茶色を基調とした薄暗い堂内にほんのりとした灯りで見る釈迦の生涯、中央アジアの洞窟寺院にワープしたかのように錯覚する。上方を見やれば天窓から明かりが差し込み、自分を包んでいる影が本尊のものだということにハっとさせられる・・・

 ん? 今日は何をしに来たんだ? 確実にこの七月堂通信を読んでくださっている方々が求めていない旅行記になりつつあるぞ。ここらで一気に軌道修正しよう。

 え~、で四天王寺はとても良いお寺でした。古い仏像だけが仏像ではないと知らしめてくれました。これからも各地のお寺を訪ねて見聞を深めたいと思います。

 で、折角なので天王寺駅の「あべのハルカス」展望階に行ったりしているうちに約束の時間が近づいてきた。急ぎ地下鉄谷町線で葉ね文庫さんのある中崎町に向かう。

 道に迷ってしまい結果汗だくで見つけたサクラビル、この建物の一階に葉ね文庫さんはある。おお、ここが噂の葉ね文庫! 建物自体のアンティーク感と優しい手作り感の合わさっためっちゃ良い雰囲気のお店ではないですかっ! そして置いてありますよ、平積みで『sound&color』と『tempo giusto』が! 自社本がここまで積まれている事態はそうそう無いのでそれだけで感動であります。

 いやいやどうもどうもこの度は、と店主の池上さんにご挨拶しているところへ今回の主役の一人高塚さんが登場。高塚さんに関して七月堂サイドでは『sound&color』そのもの以外に情報が欠如しており、若いのか? 年配なのか? どんな人なのか? と一切が謎だったためとても緊張をしていた。しかしそれもいらぬ心配だったのがお会いしてよ~くわかった。下手をしたら「やすらいはなや!」と“気”で消されるかもしれないと思っていのも杞憂だった。その直後に黒崎さんが来店、黒崎さんに関しては「気さくで可愛らしい」というキャッチ・フレーズがあるので皆さんご存知だと思う。
 まあとにかく全員集合、これで座談会の始まり始まりだ。しかし自分のパワーは普段の六割で風邪ひきという体調、皆さんに申し訳ない・・・と思っていたら葉ね文庫の池上さんはマスク姿、高塚さんもたまに咳き込んでいる。黒崎さんは大丈夫そうだと思ったら「わたし緊張であんまり寝てなくて・・・」とのこと。みんな万全じゃなかったのでむしろ安心した。なにか間違っている気もするが安心したという感想は事実だ。

 この座談会の内容はフリーペーパーにまとめてある通り。高塚さんが想像以上になんでも包み隠さず話してくださったことに感動した。達人感に加えどこか漂う曲者感、さすが高塚さんである。黒崎さんのハードな部分と可愛らしさの両面、何度読んでも思い出して笑ってしまう仕草・・・各人の魅力が詩集そのものとは違った側面から浮き彫りにされたのではないだろうか。個人的には正直、めちゃくちゃ楽しかった。仕事で行ったとか緊張したとか風邪ひいたとか一切忘れて楽しかった。それがフリーペーパーになっているというのも自分で作っておきながら不思議なのだが、このひとときを読んだ人にも楽しんでもらえたら嬉しい。

 座談会の後はお買い物タイム。七月堂は池上さんにお願いしてオススメ本を仕入れさせていただいた。この本は「出張 葉ね文庫」として七月堂古書部の店頭に並んでいるので是非遊びに来ていただきたい。

 その後打ち上げとして近所の焼き鳥屋さんに行ったのだが、疲れと緊張から解放されたこととアルコールが手伝って、ひたすら自分一人で喋りまくった記憶しかない。あげく「オレは明石家さんまと誕生日同じ」とか東京モンが関西で迂闊に口に出したらボコボコにされても文句は言えないようなことも言った記憶があるが、旅の恥は掻き捨てである。高塚さんに「やすらいはなや!」もされなかったし、まあ、ほんとみなさん優しくて素敵な方達だ。

 最終的に荷物を取りにもう一度葉ね文庫さんに戻った。「お時間の許す限り」と言って下さった池上さん、いっそ七月堂の子じゃなくてここんちの子になりたい! とわいはもう泣きださんばかりやった。実際サクラビルではテナントを募集しており、流行らない探偵事務所を開いて高塚さんと池上さんの知恵を借りながら事件を解決する、そういう探偵になろうかと思ったほどだ。(ちなみに今は酔っていない。)

 ほろ酔いで道もわからず歩いた帰り道、ひっそりとした中崎町から梅田駅・大阪駅界隈の喧噪が近づいてくる。悪夢に始まった出張だったが、今はなんだかとても良い気分だ。ふわふわと気持ちよく歩いていたら飲食店から血まみれの人が肩をだかれて運び出されていた。こんな気分の時こそ気をつけなければいけない、そう肝に銘じる大阪の夜だった。

 とにかく七月堂の大阪出張は大成功。明日は帰り際に京都に寄るので、次回は「七月堂の(ちょこっと)京都出張記」をお届けしよう。

続く

座談会後のお買い物タイム
座談会後のお買い物タイム

No.0052 2016年08月29日 O

七月堂通信特別編 大阪出張記2 ~一日目~

 2016年7月16日(土)。翌日の座談会をひかえ、わたくしこと七月堂の岡島は一足先に大阪に到着した。

太陽の塔
太陽の塔



 そう、大阪と言ったらやっぱりこれだよね! 

っておいおい、ただの観光じゃねーかと思ったアナタにはこんな格言をお教えしたい。

「出張だろうがなんだろうが、旅は出たもん勝ち」

 そもそも、翌日に大仕事をひかえ本当は心臓が口から出んばかりの状態なのだから、これは緊張をほぐすための一種の治療みたいなものなのだ。そうに違いない。そして「営業」という二文字に押し潰されないようになるべく大きな書店などには近づかないようにしようと心に決めた自分はまことに潔い男だとゆくゆくは時代が変わったら思ってもらえるんじゃないでしょうか。

 さて! この万博記念公園! 来たかったのは太陽の塔のためだけじゃないんです! あの日本が世界に誇る(誇ってるはず)国立民族学博物館こと“みんぱく”にずっと前から来たかったんですよわたくしは!
 とんでもねえという噂は聞いていたが、確かにこの“みんぱく”は正直どうかしてるとしか思えないてんこ盛りの博物館だった。

 まず大雑把に説明すると、こちらは研究所と一体になった博物館で、その研究の成果を惜しげもなく展示している非常に太っ腹な施設だ。とにかく広い。日本から東回りに世界を一周しながら(最初がオセアニアなどの島々の文化、次にアメリカ大陸、最終的に日本に到る)、各地域の文化を知っていこうというコンセプトなのだが、わかりやすく言うと世界中のへんなものがとにかくたくさん置いてある場所だ。
 もちろんそれらはへんなものとして作られたものではなくて、いたって真面目な民族の文化として作られた品々なのだが・・・ええい、とりあえず展示品で気になったもののを列記すると、

オセアニアの葬送儀礼に使う人形、モアイ複製、トーテムポール、ルーマニアの陽気な墓、アフリカのカフェテラス、ニャウとニャウ・ヨレンバ、ベドウィンのテント、インドの山車、インドの各種神像、インドネシアの穀倉、韓国の家・・・

等々、きりがない! 列記した全ての語尾に(!)を付けて差し上げたい気分だ。大体モアイ複製にしてもトーテムポールにしても山車にしてもデカイわ! そんなデカイもん室内に置きやがって! あと、なんで山車の柱部分がシヴァ神の顔なんだ! そのデザイン感覚はなんだ! そしてルーマニアの陽気な墓! 陽気であってもそんなもん持ってくるんじゃない! ニャウとニャウ・ヨレンバに関しては各自調べてくるように!

 とんでもないという噂以上にとんでもない博物館だというのがおわかりいただけただろうか。博物館は好きでよく行くし、人よりへんなものを見てきているという自負があった自分も悔い改めざるを得ない。恐るべし“みんぱく”というか恐るべし人類。
 しかし、こんな激しい品々の最後に日本コーナーを設置したら日本は大したことないってなっちゃうんじゃないの? と思ったところ、日本にも6メートルぐらいある天狗の山車とか各種仮面やなまはげのような方達がひしめいていた。これからは「日本もアフリカと大差ない説」をとなえていきたい。

 なんて最高な博物館なんだ! しかし、この怒涛の展示にはさすがにふらふらしてきた。ふらふらするし、ゴホッゴホ・・・咳も出るし、なんだか外の暑さ以上に体が熱いようだ・・・

 そう、もう隠しきれない、正直に告白しよう。

 風邪ひいた。(しかも、結構しっかり)

 徴候は三日ぐらい前からあった。ほぼ自分が言い出しっぺの出張であり、みなさん予定を合わせてくれて開催が決まっている座談会だし、それは行くしかないので今まで自分を含めみんなに隠してきたが、そうなのだ。わたしは風邪をひいたのです。

 出張にかこつけて遊んでやるわい! と思って朝6時47分東京発の新幹線を予約した罰が出掛ける前から当たっていたというのか。結局自分の体調が悪いのか4時起きで眠いだけなのかもわからぬまま新幹線に揺られ、9時半前には新大阪に到着し、こんな時間じゃホテルにもチェックインできない。どうせぶっ倒れるなら“みんぱく”で、と思いやってきた。そんな“みんぱく”で子供だったら100%トラウマ級の品々のロイヤル・ストレート・フラッシュを喰らい、もう全く自分は何をしているのか、何をしに来たのか・・・まさにリアル悪夢である。リアルなのか悪夢なのかよくわからない言葉だが、一番しっくりくる表現はこれだ。

現実に戻るためにも時計を見るとちょうどお昼時だった。うう、もはやお腹が空いてるのかもわからないけれど、とにかく何か食べなければ本当にぶっ倒れるかもしれない。

 “みんぱく”内にエスニックランチという看板が出ていたので迷わず入った。体調的にタイカレーとかはキツイが、フォーなら食べれそうだ。一応量も食ったほうがいいかもしれないので春巻きなんかもついているフォーのセットを注文した。しかし、そのフォーが自分が想像していた優しい感じの味ではなく、凄く本気度の高いスパイスの香りがして、ちょっと、ちょっと今はこういうの食えない・・・つーかこれ、スパイス? お香? みたいな味で、すいません正直今までこんな自分好みじゃない食べ物を食べたことがない、そんな食い物で玉砕したのだった。まわりの人は普通に食べていたので、本当に自分の味覚に合わなかったということなのだと思う。あと体調もあったのかもしれない。しかしその後お土産屋に置いてあったカリンバ(アフリカの親指ピアノ。演奏している姿をはたから見るとゲームボーイをやっているような楽器。)からフォーと同じ匂いがしたのは何でだろう? 是非また“みんぱく”を訪れて検証したい味でありました。
 
 その後、フォーの余韻を残しつつ、風邪が悪化しどんどん鼻が効かなくなっていくという尋常ではない恐怖にさらされた大阪一日目でした。

 さあ、明日は座談会本番! どうなる!? どうする!? 七月堂!

続く

No.0051 2016年08月22日 O

七月堂通信特別編 大阪出張記1 ~出張前夜~

 昨年、奇跡的な沖縄出張を果たした七月堂だったが、まさか七月堂の出張記に続編が出来るとは夢にも思っていなかった。あの名作映画「ビバリーヒルズ・コップ」の続編、「ビバリーヒルズ・コップ2」のTVコマーシャルのうたい文句が「あの男が帰ってきた!」だったのだが、ほんと、自分の中ではそんな感じだ。(どんな感じかわからない方は上記名作アクション・コメディー映画をご覧下さい。)

 しかも今回の出張はただの書店営業ではない、詩人の高塚謙太郎さんと黒崎立体さんの対談を、なんとあの詩歌関係者の間で話題の書店、葉ね文庫さんで開催しようというのだ。まさかまさかの展開でこんな企画が噴出し、実際それは行われ、(まあ結果は対談ではなく座談会になったが)フリーペーパーも製作されたわけだが、ここではその顛末を掻い摘んでご報告しようと思う。

 そもそもの始まりは黒崎さんから詩集を作りたいのですが、というお問い合わせをいただいたことだ。そして(なんと!)その8日後に高塚さんから詩集の製作についてお問い合わせをいただいた。結果、秘密裏にではあるが高塚詩集『sound&color』と黒崎詩集『tempo giusto』の二詩集は同時期に編集作業を行うことになった。どちらもわたくし七月堂の岡島が担当させていただき、また進行している単行本を整理する棚の関係で二詩集を同じ引き出しにしまっていたこともあり、この二作はなんとなく双子のような関係に(自分の中では)なっていた。

 これまた奇跡的にほぼ同日に校了した二詩集、それぞれ印刷は別の印刷所で行ったが、製本は同じ駒留製本さん、完成もほぼ同時だった。

 そんな偶然のいきさつを七月堂によく顔を出して下さる黒崎さんにお話ししていた時のことだ。

「なんかフリーペーパーとかあると営業しやすいらしいっすよ」

などと最近営業は古書部・部長こと後藤聖子さんに一任して逃げた自分が口から出るに任せてお喋りし

「思いついた企画とかあったら連絡してくださいよ~」

なんてごく軽いノリで言っていたのだ。

 黒崎さんがお帰りになった直後、あ、同時期に作ってたから高塚さんと対談とかしたらいいんじゃねーの? と思いつき、ネット上の対談なら文字も起こしやすいしいいかもな、と半ば本気になってきたのでその旨を両詩人にメールした。そこで高塚さんより衝撃的な文面が送られてきたのだ。

―可能なら面と向かって対談できればいいのですが、
黒崎さんは関東の方でしょうか?―

 マジで? 思いつきに一発でOKが出て、しかも可能なら会って話そうというのか?

 でもそれだと文字起こすのがめんどうかも・・・なんていう感想は微塵も口を出なかったことはご理解いただけると思う。高塚さんのメールで火がついた七月堂はすぐさま黒崎さんに連絡。結果、黒崎さんも一発OK、大阪にも行きたいという。そして・・・

―ぱっと思いついたのですが
もし大阪なら、葉ね文庫さんでの対談ってどうでしょう?―

と黒崎さん。おいおい、そんな簡単に話が進むとは思えないぞ。純喫茶みたいな場所で勝手に開催するしかないだろう、と思っていたのだが、どうやら高塚さんと葉ね文庫さんはわりとよく知っている方向の知り合いのようなので、ダメもと「葉ね文庫さんに聞いてほしいんですけど~」という連絡をしたところ、これもまたあっさり快諾をいただいてしまった。つまり・・・

高塚謙太郎×黒崎立体@葉ね文庫 開催決定!!!

 なんだかとんとん拍子で奇跡的なコラボレーションが実現してしまい、本当に嬉しいが、しかしなんというか自分が言い出しっぺしておきながら本当に大丈夫なのだろうか? いろいろ心配だが、こうなったらやるしかないのでやります。まず何をやればいいのだろうか、とりあえずホテルの予約だろうか。

続く

今年の七月堂ブースの様子
これがその引き出し

No.0050 2016年08月16日 O

奈良旅行記

 GWは奈良に行ってきた。
 
 という書き出しで仏像を訪ね歩いた三泊四日の旅について書き出したのだが、一日目の最初の寺の話を書いた段階で普段の七月堂通信三本分ぐらいになってしまった!このまま最終日まで書いたらどえらい分量になりそうだ。さすがに七月堂の通信でそれをやったら乗っ取りにも程があるだろうということで自粛し、奈良旅行中の夜の楽しみであった古本屋巡りについて書くことにしよう。

 奈良旅行の一番のイベントはやはりお寺を巡ることだ。
 お寺の朝は早い。夜も早い。夕方五時に終了が基本だと思って間違いないだろう。
 必然的に行動は朝早くから夕方にかけてになる。

 そう書くと健康的かつ仏に癒される旅・・・を想像されるかもしれないが、ところがどっこい、なかなかにハードなのである。

 世界遺産・国宝・重要文化財、そうでなくても超一級のものに溢れかえる奈良は、まさに宝の山であり、とても嬉しい!最高!興奮もマックス!なのだが、あまりにも大物(仏像)のオンパレードなのでそれと真剣に(さらに連続して)向き合うと精神と肉体の消耗が著しく激しいのだ!
 普段東京で見れたら「おお、すげえ!」なんて中ボス級の仏像はざら。東京では特別展でお呼びするクラス(ボス級)の仏像もざら。あげくの果てはラスボス級のお方まで普通におわすのが奈良の凄さである!ってなことを書いていたら分量が大幅にオーバーして大変なことになってきたので自粛するが、これだけは言っておきたい。とにかく奈良は凄い!!
 
 で、何が言いたかったかというと夜までには完全に抜け殻、へとへと状態になるのである。そこで癒しスポットとして古本屋さんがあるわけだ。(断定)

 ラスボスがぽんぽん現れることでラストダンジョンかと思われている奈良だが、実際は観光地なので夜は早い。簡単に言うと夜の娯楽は無いに等しいのである。といっても自分は酒も飲まぬし、クラブに繰り出したいわけでもお姉ちゃん達と遊びたいというわけでもないので(本当だ!信じてくれ!)大して困りはしないのだが、それにしてもあっさりとしたものである。
 まあこの平和さとのんびりとした雰囲気は最高なのだが、もう一声ほしい!と思った時に気付いたのだな、古本屋の存在と、それが結構遅くまで営業していることに。(まあそれでも夜九時までなのだが)

 近鉄奈良駅周辺には思いの外古本屋が存在していた。前回の旅で全く気付いていなかった自分もどうかしているのだが、やはり七月堂が古書部を始めたことによって「よその店が気になってしょうがない症候群」になったというのも影響しているのだろう。

 今回の旅ではホテルが近かったというのもあり「餅飯殿(もちいどの)センター街」にお世話になった。というか餅飯殿センター街が気に入りすぎてしまって「我が心のセンター街」として認定したぐらいだ。「我が心の国際通り」として認定されている那覇の国際通りと同じく、なんというか平和である。平和で静かで、地元愛とちょっとエッジの効いたお土産が売ってたりして飽きないのだ。ビバ奈良!ビバもちいどの!である。

そんな中に四軒ほど古本屋さんを見つけた。

 やはり奈良なので仏教系の本が多い。もろに図書館からの払い下げ品を売っているお店もあって、なんだか心温まったりもした。

 入り口の「釣り」で置いてある激安本に思い切り釣られて連日通ったのが「小さな本から大きな夢を」のキャッチコピーが熱い「フジケイ堂」さん。手書きのイラストで作られたポップが優しい印象。非常にアットホームな雰囲気だ。そしてBGMもウクレレで弾き語るジブリ的なやつで癒された。旅行中は感受性が豊かなのでちょっとした事ですぐグッときてしまう。

 店内はジャンル問わず内容充実。値段も手頃。ここ最近「読み終わって手放してもいいやと思ったら七月堂にあげちゃえばいい」という吹っ切れたメンタルになってしまったので旅先なのに結構買ってしまった。たくさん買っても郵送すればいいということを忘れて遠慮してしまったので、次回はもっとガンガン買ってやるわい!

 奈良で手に入れた古本の中でお気に入りなのが現在の愛読書『やさしい仏像教室』(高橋秀夫著 全国会計職員協会)。仏像の解説書なのに「全国会計職員協会」というところが発行しているのも何だか渋い。同じ著者、発行元のインドの神像を巡る本もどうやらあるらしく非常に気になる。

 そんな本をこれまた餅飯殿センター街にある「朱鳥(あけみとり)」さんという手ぬぐい専門店で発見した「阿修羅バッグ」に入れて夜の興福寺へ。
 ライトアップされた五重塔を見つつ今日出逢った仏像に思いをはせる・・・てな旅でございました。

No.0049 2016年06月21日 O

七月堂古書部、オープン!

 2016年4月29日、七月堂古書部が遂にオープンした。
 長かったような一瞬だったような準備の日々の断片を自分の視点から回想してみようと思う。

 そもそも七月堂が古本屋をやろうということになったきっかけは2015年6月、『青い夢の、祈り』の営業で行った沖縄だった。(沖縄に行った顛末は「沖縄出張記」として過去に七月堂通信で連載したのでそちらをお読みいただければとても嬉しい・・・!)

 沖縄で受けた影響は七月堂的にも個人的にも計り知れないが、「七月堂でも古本屋さんができるかもしれない」という直接のインスピレーションを与えてくれたのは「市場の古本屋ウララ」さんだ。
 有名なお店なのでご存知の方も多いかもしれないが、こちらのお店、土産物屋やら乾物屋なんかが軒を連ねる市場の中にひっそりとある。ひっそりとあるといっても周囲の状況を考えればなかなかにミスマッチなので、発見した時の驚きはなかなかなものなのだが。
 「ウララ」さんを有名にしているのは立地に加えてその面積である。とても小さいのだ。しかしただ小さいだけではない。小さいけれど本に対する愛と夢がでっかく詰まったお店なのである。詳細は「ウララ」の宇田智子さんが書かれた『那覇の市場で古本屋』をお読みいただきたい。読み物としてもとても面白く、なんだかこんな素敵な店に押し売りの営業に行くのはとても心苦しい・・・と思ったものだ。

 そしてもう一点沖縄で受けた衝撃、「ついでに古本も売っている」というお店が結構あるのである。「商売」「仕事」に対する意識として知らず知らずのうちに頑なになってしまっていたのか、この「ついでにこれも売っちゃうぜ」というスタイルには感動した。なんだか肩肘張っていないので楽しいのである。どんな仕事であれ、お客さんと店員という関係性に一種の緊張状態は付き物だとは思うが、店側が脱力しているというのがこんなに楽しいものとは。こういう空間が身近にあればいいなぁと漠然と思ったのはこの時である。

 ついつい沖縄についてたくさん書きたくなってしまうが、我慢して、七月堂に戻ろう。
 七月堂に戻って驚いたのは、なんとなんと七月堂の沖縄っぽさである。
 この「沖縄っぽさ」はやはり我らがボス、知念さんの血のなせる業だろう。沖縄で感じた不思議な感覚、何だかよく知ったような雰囲気・・・それは七月堂の雰囲気なのだった。

七月堂の面積、脱力感、ホスピタリティー、そして何より持っている本の量、これを組み合わせたら導き出される答えは一つしかない。七月堂を古本屋にしてしまえ!

最初は軒先の本棚を掃除して、そこを古本屋にしたらというアイディアだった。(自分が何かを思いつくとき、大体夜寝る直前だ。結果興奮して寝付きが悪くなるのだが。)知念さんにそのアイディアを伝えるときは緊張した。結構良いアイディアだと思っていたので、さりげない提案を装いつつもかなりドキドキした。
「古本屋をやってみたらどうかと思うんですが・・・」
と自分が言ったかどうか記憶は定かではないが、知念さんが
「古本屋さん、やりたいですねえ・・・!」
と言った記憶はある。このボスの鶴の一声、とにかくこれで七月堂古書部計画が始まったのだ!

しかしこの時点ではまだ軒先古本屋の計画である。七月堂の雑然とした事務所の状況を考えればそれだけでも凄いアイディアだと思ったのだが、それがいつの間にか事務所の半分を改造する計画に変わってしまったのは何故だろうか?
自分はうろ覚えだったのだが七月堂、40年以上前に一度古本屋をやっていたのである。その時の顛末としては古本屋部門を任せた人が売り上げを伸ばそうとしてエロ本を店頭に並べ、風紀が乱れたので独立してもらったという事だったが、まあ七月堂が古本を売る土壌は充分以上にあったということだろう。やるとなってからの行動力にそれが存分に発揮されていた。

そして自分でも最大級のナイスな判断だったと思うのが、古本部門の責任者を知念さんの一人娘である後藤聖子さんにお願いしたことである。
聖子さんとは年に数度、大体年末の「忘年会」という名のうどんを食べる日にお会いするぐらいだったのだが、ひょんなことで沖縄に行く直前に簿記の講座を一緒に受けていたのである。(自分は挫折してしまったのだが聖子さんはちゃんと資格を取った。偉い!)
簿記の講座で顔を合わせる習慣があったので、聖子さんに話を通しやすかったことだけでも講座の成果がある。「聖子さん、なんか古本屋とか好きなんじゃねえかなぁ」とすぐに思いついたのも簿記講座のおかげだ。誰かしら古本部門のことだけを考えていてくれる人材は必要になるだろうというのでお願いしたのだが、その場で快諾していただいた。印刷している倉庫にわざわざ来ていただいてお願いした記憶がある。まあ我ながら唐突に無茶なお願いをしたものだと思うが。この辺の思い出は聖子さんサイドの話も聞いてみたい。

 聖子さんに古書部・部長をお任せしたことでも計画は加速した。親戚に本を譲ってくれないかと頼んでくれたり、家の奥深くに眠っていたボロボロの古本をクリーニングしてくれたり、とにかく七月堂古書部は聖子さんの力無くしては有り得ない空間なのである。(なのでお目当ての本を見つけた方は聖子さんに感謝してください。)

 思い出は数限りなくあるのだが、今はこれぐらいにしておこう。
 また折りに触れて思い出したことを書くのも面白いかもしれない。

 とにかく七月堂の過去・現在・未来が合わさって出来たのが「七月堂古書部」なのだ。

 週末はのんびりと営業しているので、足を運んでいただければ。直接思い出話をお聞かせできるだろう。

No.0048 2016年05月14日 O

近況

 毎度のことですがこの通信を放置してしまっていた七月堂です。
 最近七月堂のインスタグラムなるものも始まり、ブログまで始めたということで果たしてこちらのコラムの存在を覚えてくれている方がどの程度いるのか?という疑問を感じなくもないのですが、いやいや、七月堂通信はホームページに掲載されているわけですから、数ある七月堂の情報媒体の中でトップ中のトップであるのだ!と自分を鼓舞する今日このごろです。

 さあ、何を書こうか!話題は山のようにあります。なんせ前回から相当時間が経ってしまいましたので・・・そうですね新刊の裏話をいくつか紹介しましょう。

 今年最初の衝撃は八柳李花さんの新作『cliché』でしょう。
 前作の『明るい遺書』が大変話題になりまして、この本以降、四六判のペーパーバックスタイルが七月堂のスタンダードになるぐらい流行・定着しています。
 そんな八柳さんの新刊ですので、こちらもかなり気合いが入りました。実物をご覧いただければ作品の素晴らしさと共に七月堂の努力も少しは感じていただけるのではないかと思っております。
 表紙は大雑把に説明すると「パウル・クレーのような感じ」が良いという要望で一瞬どうしようかと途方に暮れましたが頑張りました。結構気に入ってくれる方がいらっしゃるようで嬉しいです。見返しの紺色と表紙が続いているように見えるのも成功でした。大体紙見本を見て注文しても色味が違ったーなんてことはザラですので(紙はその時の出来次第で若干ですが色が違うものなのです)。今回は色々非常に上手くいきました。入稿から完成までの時間も最速だったのでは?と思います。

 そして『吉田山百人一晶』。朝日新聞を中心に普段の七月堂刊詩集では有り得ない紹介のされ方です。それは全て著者の篠原資明さんのお力なのですが。京都大学を退職されて高松市美術館の館長になられるとのこと。これまた非常に楽しみですね。

 七月堂古書部関連ではIKEAで買い物をしてきたのが大きなニュースでしょうか。
 「古書部」は「部活動」ということになりましたので、気楽に楽しくやっていこうというのを実践しています。
 真面目な話、自分が楽しんでいないことは他の人も面白くないと思うのです。逆に面白がってやっていることは楽しんでくれる方がいるのではと思います。
 古書部でのIKEA行はかなりの成果がありました。ゴミ箱やら照明やら机やら、数万円はお買い上げしていましたね。その横で特価の手鍋190円を買っただけの自分はかなりのケチだなぁと思いました。

 七月堂古書部のオープンは4月末日です。詳しくはまたご案内します。

No.0047 2016年03月30日 O

新年の七月堂

 大変遅ればせながら明けましておめでとうございます。
 コラムのほうをないがしろにしていました・・・すいません。
 今年も七月堂通信、よろしくお願いいたします。

 さて、早速だが年始から飛ばしている七月堂である。
 
 最後のコラム更新時に古本屋を始める話を書いたのだが、それがツイッターで想像以上に反響があってびっくらこいたのだ。
 まあ30人ぐらい反応してくれれば一安心と思っていたのだが、100人以上の方が拡散に協力して下さった。今までこんなに反応があるつぶやきをしたことが無かったので逆に肝が冷えるというか、改めて気を引き締めなければならないなぁと、不真面目路線もたいがいにしないといけないかなぁなんて思った次第である。とにかく期待に応えられるように頑張ります。
 
 そしてそして、昨年の夏に完成したオノツバサさんの詩集『やさしく象にふまれたい』が「タイトルだけ大賞」というものをいただいてしまうという嬉しい事件もあった。大賞をもらっただけでも十分に事件なのだが、なんとあの「王様のブランチ」でも紹介されてしまったのである!これは物凄い快挙だ!
 個人的には最初にオノさんが訪ねてきてくれた段階から完成するまでほぼ全行程に関わっているので、妙に緊張してしまった。何でお前が緊張してんだと言われればその通りなのだが、我が子が急に有名人になってテレビに出ると言われた父親のような気持ちなのである。勿論ブランチに出る瞬間を目撃したい気持ちもあるのだが、『やさしく象にふまれたい』が画面に映ってワイプで谷原さんが頷いてくれたりしたらもうそれは凄いことじゃないですか!?なんて言ってる内に想像より放送時間が早くて見逃したのである。すいません。勿論後日オノさんの勇姿は確認しました。

 これから話題になること必至の詩集も何点か進行している。そんなものも作りつつ古本屋の準備もしたりで年始からばたばたなのである。
 しかし嬉しいことがたくさんあって忙しいというのは本当に嬉しい。文章が馬鹿になっているがそれだけ嬉しいのだ。

 ひとつ言いたいのは色々ありすぎて今がまだ1月なのが信じられないということです。
 頭が混乱しないようにひとつひとつ丁寧に仕事をしていきたいと思います。

No.0046 2016年01月28日 O

重大発表!!

 タイトルからハードルを上げてしまっているが、久々の七月堂通信である。
 ツイッターでもちょくちょくと「年末に重大発表!」というフリを入れてきているが、親切な方が数人「いいね」してくださっているぐらいで、大方は巷のつぶやきの波に掻き消されているといった印象だ。
 ここで声を大にして言いたい。

 「凄い重大発表ですよ!」

 と。

 じゃあさっさと言えよという声が聞こえてきたが、まあまあ、少し勿体ぶらせていただきたい。なんせこの半年というもの、この計画のために七月堂の大半の時間が費やされているわけだし、いざ発表して「ああ、そうなんだ」といった感じのあっさりした反応をされた場合にもですよ、七月堂にはとっても重大で天地がひっくり返る(そこまでではないか)ような話だということをせめてこれを読んでいる方ぐらいにはお解りいただきたいんですよあたしは。

 まあ前置きはこんな程度にして発表しましょう。
 さあ、よーく目をかっぽっじってください。

 「七月堂、古書部、始めます」

 ・・・・そうなのです。やってしまうのです、古書部、つまり古本屋!!!

 どうです?驚きました?

 まあ実際は事務所の一角を古本コーナーに改造した感じである。オープンは2016年の4月から5月にかけての時期を予定している。
 いろいろと紆余曲折というか試行錯誤しつつ一応発表しちまっていいであろう状況にはこぎ着けたが、いやあ・・・実のところまだまだやらなければいけない事は山積みだ。とにかく、年末に計画とオープン目標を発表しようと決め、やるしかない状況に自分たちを追い込もうというハラだ。

 以下、七月堂古書部の決まっていることとこれからやっていくことを箇条書きにしてみよう。

 ・買い取りはしない。(自分たちの蔵書や許可を含め貰い受けた書籍を販売)
 ・価格破壊しない程度に良心的な価格設定。
 ・七月堂の新刊も勿論販売。
 ・お売り出来ない本はまとめて閲覧コーナーを作る。
 ・古書部の情報を発信する情報媒体を作る。
 ・何かしらのフェアを開催する。(つぶやきと連動したキャンペーンなども企画予定)
 ・ただ古本を売るだけでなく、七月堂の場所を使っていろんなことをやる。

 こんなところだろうか。

 七月堂のイメージからはかけ離れた本もかなり集まってきているので、詩にはそこまで興味が無いなんて方も楽しんでいただけるだろうし、詩集目当てで来たのに予想外の本を手にしてしまう、なんて事件を起こすことが出来たら嬉しい。

 ひとまず、やるぞ!ということ。そして古本屋計画に到った経緯を紹介しつつ、取り扱う本を吟味していただく内覧会的なイベントを企画していることをお伝えして今年度の七月堂通信を締めくくる言葉とさせていただきます。

 それでは皆様、良いお年を。
 来年からの七月堂にご期待ください。
 そして古書部が出来た暁には是非是非遊びに来ていただきたいと思います。

 そうそう、肝心の古物商の申請をボスがまだやっていないということなので、ほんとに早く申請をお願いしたいところであります。

No.0045 2015年12月26日 O